[Mさんからの投稿]
父を自死で亡くして早いもので25年。
振り返ると長いような、短いような、でもあっという間の25年でした。
家族を自死で亡くすということが、これほど過酷なことだと私自身、当然ながら父を亡くした当時子供だった私には分かっていませんでした。
教師から宗教者からの差別。聖職者と言われている人たちからの厳しい差別偏見を私と私の家族は受けました。そして父の自死を隠したくても隠せなかった、田舎の小さな町に住んでいた私たちはどんどんと追い詰められました。
でも一番辛かったのは、大好きだった家族が父の自死でバラバラになってしまったこと。家族の外ではもちろんですが、家族の中でも大好きだった父の思い出を語ることが出来なくなったことです。
「自死」だから、話せない、「自死」だからこれほどまでに肩身の狭い思いをしなければいけないのか・・・「自死」で死んだ父はそんなに悪いことをしたのか、私の家族はそんなに問題があったのか。防げなかったのは父を追い詰めたのは、私たち家族のせいなのか・・・・
そんな思いでずっと生きてきました。そしてどんどんと孤立をしていきました。
しかし私が生きる光を見いだせたのは、同じような苦しい思いをしているのは「私だけではないこと」を感じることが出来たからです。同じ自死遺族の仲間と出会うことで、そう思うことが出来るようになりました。
綺麗ごとやお涙頂戴物語は嫌いですが(苦笑)、でも、やっぱり同じ苦しみを抱えた仲間との出会いは私に生きる希望を光を与えてくれました。
これからも様々な困難はあると思いますが、その時もやはり「私はひとりじゃない」と感じることで生きていけるのだと思います。